読書記録は不真面目でもなんとかなるという話
もうそろそろ1年を統括してみようかと、読んだ本一覧のページを眺めてましたが、統括できるほど整然とした読書履歴でもなく、かといって「無秩序の秩序」を追求しているほど無秩序でもなく、なんともコメントしにくい状態だったので諦めました。とりあえず、毎年「年間100冊」を目指していて、ただ、それを達成するために新書とかビジネス書とかすぐに読める本ばかりを読んではならぬ(全く読んではいけない、というわけではない)という未成文の慣習法みたいなのも自らに課しておりますが、今年はあと8冊なので、ちょっとズルして読みやすい本ばかり昨日図書館で借りちゃいました。 [1] … Continue readingテヘッ。そういえば、記録を取り始めて過去唯一100冊越えを達成した2012年も、12月にターボをかけるべく「ロシアン・ジョーク」とか借りてたんでした。3年程度では人は変わらないということですな。
ところで、私は詳細な読書記録をつけていないので、単にそれが原因である可能性が高いのですが、過去読んだ本の内容をあまりきちんと覚えていない。まぁ、小説やエッセーとかは単なる娯楽で、特に何か知りたくて読んでいるわけではないので [2]とはいえ、そういう本にこそ、グサッとくるセンテンスがあったりするもんなんですね。摩訶不思議なり。置いておくとして、1冊につきひとつ、その本について覚えていれば良い方なんだな。どうのこうの言って、似たようなジャンルの本を読むので、それで「そういや、前にもこれについて書いてた本読んだなー。なんだっけ?(自分のブログで過去の読書履歴を調べる。あれば記事も読む。)あぁ、これか。ふーん。」みたいなことが多い。2011〜12年の頃はちゃんと読書日記というか、手帳に読んだ本の感想というかポイントをまとめていたんですが、ブログの方に一覧を作ってしまったのでもうやっていないし、書いていたからといって超覚えているわけでもない。現に、当時の手帳を引っ張り出してきて適当に開いたページにあったのは以下の通り。
2011/11/4 バードランド・ラッセル「哲学入門」
・?????
・?????
・3年後にもう一度読むこと!!
・・・酷いな、この感想は!3年後読んでないし。しかも、記録には書いてないが、書名を見ただけで「最初に机の色とか形相と質量について書いてあったな〜それ以降はよくわからんかったが。」くらいは今でも思い出せる。ついでに言えば、この本を読み終わったのは、福島の玉子湯に家族旅行に行った時ということも覚えている。つまり、読書記録の中身をちゃんと書いても書いてなくっても大差ないということが、今この瞬間にも証明されたわけです。ナンテコッタ!ただし、書名くらいは記録はしておかないと、「うー、これについて前に読んだことがある。なんだっけあの本??」みたいなことが多いので、こちらは私的にマスト。実際、今日もあった。 [3]答えは「バチカン・エクソシスト」でした。
ちょっと格好つけて言えば、読書記録をつけることに満足を覚えてはならない、ってことでしょう。前にマインドマッピングしながらの読書をボロクソに罵ったが、あれも結局、「マインドマップ作れる俺カッコイー」という気配を感じたのと、そもそも、そういうことをする奴の読む本のレベルがお粗末だと思ったからなのです。まぁ、私も人のこと罵れるくらい立派な本を読んでいるわけではないんですが。あ、もう少し弁明しますとマインドマップ自体を否定しているわけではないですよ。そもそも私は「知識とは蜘蛛の巣状にあるべし」という持論(誰かの受け売りかもしれない)を持っていますので、ジャンルを超えて知識を結合していくことに何ら異存はない。というか、それができない奴、所謂直線思考な奴を馬鹿にしている。ただ、あのね、意識高い系がヤなだけなの。そうそう。あと、手を動かすこと自体も否定してないです。小学生高学年の頃、授業の一環で雑誌NEWTONのイオトーラスや木星の大赤斑について、ノートに絵付きで丸写ししたおかげで今でもそれを覚えている経験があるんでね。このせいで「丸写し最強伝説」が私の中にある。ラッセルの「哲学入門」も丸写しすれば、もう少し身になるのかしら?
・・・とこれ以上続けると、また意識高い系を罵って終わるのでこの辺でやめておきます。このブログで本のことを取り上げることが多いし、ブログの記事にするために手帳にメモする習慣はあるので、結局それが私の読書記録として機能しているのかもしれない。でも読んだ本全部じゃないから、あんまり意味がない。学生の頃は(今も?)、意識高い系の暇人だったからブクログとかAmazonの本棚とか頑張ってたんだけどねー。もう面倒だからいいや。
以上、Google先生で「読書記録」の画像検索でビビった人から、ビビった人向けの励ましでした。